大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)949号 判決 1960年2月05日

控訴人(原告) 株式会社大石呉服店

被控訴人(被告) 新宮税務署長

訴訟代理人 藤井俊彦 外四名

原審 和歌山地方昭和三二年(行)第三号(例集九巻六号110参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴会社代表者は、「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し昭和三〇年一二月二七日附で為した、控訴人の昭和二九年九月一日以降昭和三〇年八月三一日迄の間の事業年度の法人税について、その更正決定所得額を金一三九、二〇〇円とし法人税額を金五五、六八〇円とする更正決定を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人の指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、

事実関係につき控訴会社代表者において、

(一)  控訴人が本件再調査請求を法定の一ケ月の期間内にしなかつたのは、既に陳述したとおり、新宮税務署員安東香同荒岡質及び同佐藤博己等の欺罔に基くものであつて、法人税法第三七条にいわゆる正当な事由があるから、右期間を遵守しなかつたことにはならない。

(二)  仮にそうでないとしても、再調査請求が法人税法第三五条第三項によりいわゆるみなす審査に移行したときは、適法な審査請求があつたものとしてその請求に対し実体的審査が為さるべきであつてこれを請求期間徒過のものとすることができず、また大阪国税局長は本件審査請求を却下する前に同局審査官中村正徳をして控訴会社本店に来り実体審査に着手せしめ、同審査官は控訴会社の帳簿を持帰つてその内容を取調べたのであるから、右いずれの理由によつても控訴人が再調査請求の申立期間を遵守しなかつた瑕疵は治癒せられたものである。

と述べ、被控訴代理人において、

控訴人の右主張はいずれもこれを争う。殊に控訴人主張の中村正徳は大阪国税局協議団和歌山支部の協議官であるが、同人が調査したのは控訴人が再調査請求期間を徒過した事情と控訴人の請求をいわゆる苦情相談として処理すべきであるかどうかについてしたものにすぎない。

と述べた。

証拠関係<省略>

理由

控訴会社が新宮市に本店を有し呉服小売商を目的とする株式会社であること、その昭和二九年九月一日に始まり昭和三〇年八月三一日に終る事業年度の法人税につき控訴人主張のとおり欠損金の確定申告書を被控訴人に提出したのに対し昭和三〇年一二月二七日被控訴人から控訴人主張の更正決定の通知を受けたので昭和三一年二月一四日被控訴人に対し再調査請求をしたが何等の決定のないまま三ケ月を経過して同年五月一四日大阪国税局長に対する審査請求に移行し昭和三二年二月六日同局長から、右再調査請求が一ケ月の法定期間を経過した不適法のものとして右審査請求を却下する旨の決定の通知を受けたことはいずれも当事者に争がなく、そうすると右再調査請求は更正決定を受けた日から起算して一ケ月を経過した後に為されたものであること明らかであるから、先ず右請求が控訴人において正当な事由乃至止むを得ない事由があつて法定期間を遵守し得なかつたとの控訴人主張の当否について判断する。

この点について被控訴人は、「法人税については再調査請求期間の宥恕乃至延長の余地がなく、仮にそうでないとしても控訴人は期間延長の申請をしていないから控訴人の右主張はそれ自体失当である。」と主張する。思うに法人税の更正決定に対する再調査請求が一ケ月の期間経過後に為された場合において、右期間の不遵守につき請求者に正当の事由乃至止むを得ない事由があつても、法定期間を延長し得ないものであるか否かという問題は、法人税法がその第三六条において訴願法の適用を排除するに止まらず、所得税法第四八条第二項第二五条の三相続税法第四四条第五項第二七条第三項のような規定を設けていないので、甚だ困難な問題であるが、一般に法は国民に不能を強いるものとは考えられないのみならず、所得税の更正決定に対する再調査請求について所得税法第四八条第二項第二五条の三において通信交通その他の状況によりやむを得ない事情があると認めるときは政府は命令の定めるところによつて請求期限を延期することができる旨を規定する以上、これと体系を同じくする法人税についてかかる規定を故ら排除する実質的な理由がないのであるから、特に明文をもつてこれを排除しておれば格別、ただかかる規定がないというだけの理由で如何なる事情があつても一ケ月の再調査請求期限を延期し得ないという説は首肯しがたい。従つて法人税についても叙上のようなやむを得ない事情のある場合には税務署長は前記所得税法の規定ならびに所得税法施行規則第二一条の規定に準じて請求期限の延期又は延期申請の許可をなすことができ又なすべきものと解するのが相当である。

ところで本件について観るに、当審における控訴会社代表者本人訊問の結果(但し後記措信しない部分を除く)に原審証人安東香同佐藤博己の各証言を綜合すると、控訴会社代表者は本件法人税につき冒頭記載のように欠損の確定申告をしたのに対し昭和三〇年一二月二七日被控訴人から本件税額金五五、六八〇円の更正決定を受けたので、これを不服とし昭和三一年一月半頃新宮税務署員に対し電話で、更正決定の異議申立をしたいから決つた書式があるなら知らせてほしい旨求め同署員から、指導に行くとの返事を受け、次で同月一八日頃右税務署員二名(但しそれが安東、佐藤の両名であつた、との控訴会社代表者本人の供述部分は、原審証人安東香同佐藤博己の各証言に照し、遽に措信できないから結局右二名が何者であるかは判明しない。)の来訪を受けた際その者の言により、赤字充当があるから現実納税すべき金額は金一九、三七〇円にすぎないと考えた(右税務署員がこのとおり述べたことは、この点に関する前記代表者本人の供述部分は遽に措信できず他にこれを確認しうる証拠がない。)ので、右程度の納税で済むならばとの考から本件更正決定に服する気になり、同年二月一四日を満期とする右金額の約束手形一通を振出した上その満期日に同税務署へ現金一九、三七〇円を持参し納付しようとしたところ同税務署員安東香等から更正決定のとおり金五五、六八〇円の納付を要する旨告げられたので前記のように即日本件再調査請求をするに至つたことが認められる。

してみると本件再調査請求が一ケ月の期間内に提出されなかつた理由は控訴会社の代表者において現実の納税額が少額に止まるものと考えたからであつて、よしんば右代表者がかく信じたのは税務署員の説明に基因しているにしても、もとより更正決定そのものの変更をうけたのでもなく又権限あるものの裁定でもないのであるから、控訴会社代表者が以上のように信じるにつき過失があつたか無かつたかに拘らずかかる事由は前叙所得税法にいうやむを得ない事由に該当しないものといわねばならない。従つて成立に争ない甲第一号証により本件再調査請求書と共に提出せられたと認められる添付の歎願書は所得税法施行規則第二一条所定の延期申請書と解し得られるにしても本件再調査請求が期間経過後になされた不適法の請求というに妨がない。次に本件再調査請求期間徒過の瑕疵は治癒せられたとの控訴人主張に付考へるに、いわゆるみなす審査への移行を定める法人税法第三五条第三項の規定は再調査請求に対し何等の決定なく放置せられることにより受くべき請求者の苦痛を除去するために設けられたものであるからこの移行により期間経過後の不適法の請求が適法のものとなるものではないと解するのが相当であつて、この場合には審査請求却下の決定が為さるべく且つこの決定により再調査請求も不適法として却下する決定が為されたものとみるべきであり、また大阪国税局協議団和歌山支部協議官中村正徳が控訴会社の帳簿を調査したことは原審ならびに当審証人中村正徳の証言によつてもこれを認めることができるけれども、右調査は本件審査請求をいわゆる苦情相談として取扱うべきか否かを取調べたものであることもまた右証言により認められ、かかる事実の存在は前記期間徒過の瑕疵を治癒せしめるものでないから、控訴人のこの点の主張もまた失当である。

そうすると控訴人の再調査請求から移行した審査請求を却下した大阪国税局長の決定は相当であり、従て本件更正決定の取消を求める控訴人の本訴請求はその出訴要件としての前審手続を経ていないこととなり、またこれを経ないことにつき法人税法第三七条第一項の正当事由ありともいうことができないから、これを不適法として却下すべく、これと同旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 吉村正道 竹内貞次 大野千里)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例